Tokyo Spring
Home

日本語

橋本Spring

Camino 日本語
Media Watch
Forum
Activities
About Us
Film and Discussion
Video
Audio
Articles
Links

Recommended Reading

MORE CAMINO




あらゆる必要な手段をもって ブルキッチ・スーレイマン

「2004年9月15日、アナン事務総長はBBCとのインタビューにおいて、ジョージ・W・ブッシュ大統領のイラク開戦の決定は、国連安全保障会議の賛成 もなく、違法であった、と語った。アナン事務総長は、安全保障会議による戦争への賛成がないのは違法ではないかと三度質問され、『私どもの見地からそれは 違法だった』と答えた。」

質問者:イラク開戦は違法では?
アナン:お望みなら、そう言える。
質問者:イラク開戦は違法では?
アナン:そうだ。私はイラク開戦は国連憲章に合致していないと示唆してきた。私どもの見地および国連憲章からして、それは違法だった。
 「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」2004年9月17日金曜日(国連事務総長、イラク戦争は違法と指摘)AP通信、国連、ニューヨーク

 「個々人は、国家に服従するという義務を越え、国際的な責務を有する。それゆえ(個々の市民)は、平和や人道に反する犯罪を妨ぐために、国内法を犯す義 務をもつ。」(ニュールンベルグ戦争犯罪裁判、1950年)[1]

 「あらゆる必要な手段をもって...」マルコムX[2]

 私たちの(少なくとも日本における)反戦運動が米英主導の違法なイラク占領に反対するイラクの人々の戦闘をいかに評価すべきか、この点で私の見解を明ら かにしておきたい。それは抵抗運動(レジスタンス)である。

 イラクの人びとには、自国への侵略に対して、あらゆる必要な手段をもって闘う義務と権利がある。これは、疑う余地もなく、抵抗運動(レジスタンス)なの だ。イラクはもうひとつのアルジェリアであり、ベトナム、ケニア、ハイチ、アフガニスタン、パレスチナ、チェチェンである。

 反戦運動をしている私たちは、米英主導の侵略行為に対するイラクの人びとによるこのレジスタンスを、たとえその醜い側面が立ち現れたとしても、支持しな くてはならない。どれだけ多くの打ち首があろうとも、どれだけの頭が切り落とされるのをインターネットで見ようとも、あらゆる醜い行為にもかかわらず、私 たちはイラク人の抵抗運動(レジスタンス)を支援しなくてはならない。

 フランツ・ファノン[3]はかつて言った。「レジスタンスは醜いものである。なぜなら侵略行為が醜いのだから」。すでにこれまで10万人を越えるイラク 人(イギリスの医学誌『ランセット』2004年10月28日によるとその半分が女性と子ども)たちが、(石油のために)アメリカの精密兵器によって殺され ているではないか。それでも米軍司令官トミー・フランクス[4]は「我々は、死体を数えているのではない」と言い放った。

 私たちはイラクのレジスタンスを支持しなくてはならない。なぜなら歴史がそれを欲し、正義がそう要求するからであり、不正に殺された犠牲者の亡霊、歴史 上レジスタンスを闘って殺された闘士たちの魂、1990年代にアメリカが課し国連が臆病にも許可を下した不法な経済制裁というジェノサイドのもとで(私た ちの「民主主義」がそうさせ)死んでいった60万人以上の子どもたちの幽霊が、それを望んでいるからである。抵抗をなしえなかったすべてのものがそう願っ ているのだ。私たちは、イラクのレジスタンスを支持しなくてはならない。なぜなら、今日の私たちはレジスタンスのために死んだすべての人のおかげで抵抗す るだけの強さを持っているからであり、抵抗できないすべての人たちがそれを必要としているからである。私たちは、レジスタンスを支持しなくてはならない。 なぜならそれが正当だから。

 私たちは、この問題に対して明確な立場にたたなければ、他のどんな行動も意味がない。乏しい数でのデモ行進、反戦スローガンや「侵略をやめろ」という軍 の撤退を求めるシュプレヒコールの繰り返しは、イラクのレジスタンスを支持するという立場を明確にするまでは続けることはできない。

 私たちはまた、残虐行為をする「両陣営」を責めることを止めねばならない。「対等な扱い」という偽善的態度は、侵略者を図に乗らせるだけだから、やめな くてはならない。
 一つのことが明確にされるべきだ。イラクは犠牲者であり、アメリカ主導の占領軍は侵略者なのであって、かかる犯罪と闘っているイラク人たちが抵抗勢力だ ということだ。イラクの略奪に加わった諸国の「指導者たち」として、ブッシュ、ブレア、ハワード、アスナール、ベルルスコーニ、小泉、クワシネフスキ [5]やイラク侵略・占領を支持した他のすべてがイラクでの引きつづく大量破壊・大虐殺に関して有罪を宣告される。彼らは、ウソにウソを重ねて真実をねじ 曲げ、幾千もの無垢の民の命を奪い、自慢の聖なる戦争以前よりも世界を不安定にしたかどにより、戦争犯罪人として国際法廷で裁かれるべきだ。

 私たち、こうした戦争犯罪人を選出した人々には、かかるろくでなしどもを、あらゆる必要な手段をもって取り除く権利と義務がある。

 かつてノーム・チョムスキー[6]はジョージ・W・ブッシュについて語った。「もしブッシュがニュールンベルグ裁判の基準で裁かれるとすれば絞首刑を免 れない。ジミー・カーターを含む第二次世界大戦後のすべてのアメリカ大統領もまた同罪である。」と。私は許さない。ブッシュ、ブレア、ハワード、アスナー ル、ベルルスコーニ、小泉やイラク戦争を支持した他のすべての権力者、その同伴者たち、政府の太鼓もちたる主要「メディア」、ヒルのように利益を貪るもの たちすべてが、ニュールンベルグ裁判の基準に照らして裁かれ、処断されるべきなのだ。

 私たちの反戦運動は、イラクのレジスタンスを支持すべきだ。もしそうしないなら、いったい反戦運動とは何なのか?私がイラクの抵抗勢力を支持すべきだと 言うとき、イスラム原理主義、元バース党やその他の宗教的・非宗教的グループに率いられたレジスタンスの一部への支持をさすものではない。こうした部分の イデオロギーが、私たちのイデオロギーと両立しないなら、それを支持する必要も義務もない。私たちは、自らの信念を妥協したり、レジスタンスを支持するた めに彼らの信念を支持する必要はない。だが、私たちが確認しなくてはならないことがひとつだけある。それは、彼らのイデオロギーがどれだけ私たちのものと 異なっていても、アメリカ主導の帝国主義略奪者たちに対する戦闘を実行している人々は抵抗勢力であり、私たちはためらいや遅滞なく支持すべきだということ である。今一度繰り返すが、遅滞なく!なぜなら、私たちがもしそうしないなら、かつてバートランド・ラッセル[7]が語った言葉を噛みしめるべきだ。「帝 国主義足下の市民たちはいつも植民地の状況にかんして情報を得ず、気にもかけない。それが帝国主義の本性だ。」

私たちは、(石油のために)イラク略奪に加わった(「民主的」)国家、帝国主義国に暮らしている。私たちには、自分たちを代表するものたちがなしているこ とに責任があり、犯罪的指導者たちを打ち倒す義務がある。なぜなら彼らは、多数が戦争に反対し、もはや私たちを代表していないからだ。

私たちにはできる。私たちは真の力を有している。私たちが力なのだ!

抵抗勢力の「恐るべき」行為について、私たちには、「民主主義」の下での身の安全の見地から、それを非難する資格はない。チェ・ゲバラ[8]は言った。 「憎悪なき人々は野獣のような敵を打ち破ることはできない」と。二つの要因がイラク抵抗勢力の野蛮さを増幅させている。それは、米英主導の違法なイラク占 領、その野蛮さの増長であり、私たち反戦運動の受動性、従順さである。

平和主義を装うのはやめたほうがよい。法の支配に従ってデモをする、その同じ法が(石油のため)これまで10万人を上回るイラク人殺戮(米軍司令官ト ミー・フランクスは「我々は、死体を数えているのではない」と言い放った)への政府の参加を認めたのだ。キング牧師やガンジーの非暴力原理につき従うふり はやめたほうがよい。尻込みを覆い隠したり、効果のないやりかたに固執するのではなく、もっと具体的な行動、つまり、イラク抵抗勢力の支援を認め推し進め ていく活動を切り開くべきだ。

私たちの(少なくとも日本での)反戦運動は、イラクで帝国主義侵略者たちと闘う人々との連携から身を引いている。私たちはイラクからの外国軍の撤退と占領 の終止を求めつつ、抵抗勢力を無視するか非難している。私たちは、新聞で「パレード」と呼ばれる行動(私はこの種のパレードに一度参加したが、実際のとこ ろ、いっしょに行進中の友人は通行人からお祭りか?と聞かれた)を通してそうしている。とてもカラフルで楽しげなファッションのパレードでは、かんじんな ことはみな無視され、(アフガニスタンは再び忘れ去られ)イラク攻撃の記念がもっぱらメインとなっている。人々が政府の方針に異議を唱えるのをますます抑 圧する国内法の不当な枠組みの中でそうなっている。今私たちの戦術はほんとうに生産的なのだろうか?抗議といえば思い出す。フランスにいる私の弟は、友人 たちのグループとともにT.G.V.の発車を阻んで抗議した。

イラクの抵抗勢力を支援することは、イラクのみに関するものではなく、地球規模の抵抗にかかわることである。戦争、搾取、強欲、略奪、植民地主義、資本主 義、環境破壊、抑圧、侵略、占領、G7、世界銀行、国際通貨基金IMF、EU、国連安全保障会議にたいする抵抗、言い換えれば、いたるところに介在する姿 を見せない殺戮者であり、帝国主義の比喩に他ならないグローバリゼイションへの抵抗である。

イラクは帝国主義にたいする抵抗の新たな前線に他ならない。

ウェブスターの辞書では、帝国主義とは、領土の獲得や他の諸民族にたいする経済的・政治的覇権を打ち立てることによる、国家の影響力を拡大させる政策とさ れている。レーニンによれば、帝国主義は、市場、資源、安価な労働力の支配のために影響力を行使し、世界を経済的・政治的に分割する大国の闘争である。

私たちすべてが不正義にたいする抵抗にかかわっている。かつてフレデリック・ダグラス[9]はこう語った。

「闘争なくして進歩はない。自由を擁護すると公言して政治運動に賛成しないものは、大地を耕さずして作物を得ようとするもの、雷鳴と雷光なしに雨を望むも のに等しい。すさまじくうねる大量の海水なき大洋を求めるようなものだ。闘いは道義的なものかもしれないし、物理的であるかもしれない。おそらく道義的で もあり物理的でもあろうが、それは闘争でなければならない。」

抵抗は、私にとって、希望にかかわっている。よりよき世界のための希望。希望とは、何か良きものが空から舞い降りるのを座して待つことをけして意味しな い。希望は行動の中にある。抵抗において希望を抱くのだ。私たちに希望を押し売りするものたちに抵抗しつつ。

「希望には美しき2人の娘がある。怒りと勇気。あるがままの事態に怒り、勇気はその事態を変革する。」(聖アウグスチヌス)[10]

抵抗―あらゆる必要な手段をもって

ブルキッチ・スーレイマン 2005年5月5日

【翻訳:ジャララ鳥/津村洋】

【訳註】

[1] ニュールンベルグ裁判:ナチスの戦争犯罪を裁く戦争犯罪裁判は、1945年11月に始まった。総数600万人ともいわれるユダヤ人絶滅作戦ホロコーストを はじめとする、数々の人道に対する罪を裁くニュールンベルグ国際軍事裁判(UMT)と、その継続裁判のニュールンベルグ軍事裁判(NMT)は,1949年 4月まで続けられた。ニュールンベルグ裁判では、単に第二次世界大戦の戦争責任と戦争犯罪にとどまらず、戦争以前のユダヤ人迫害と敵対者に対する政治的な 弾圧行為も、人道に対する罪として裁判の対象とされた。

[2] マルコムX:キング牧師と同時代、1960年代におけるアメリカ黒人解放運動の指導者。本名マルコム・リトル、1925年5月19日、アメリカ・ネブラス カ州オマハに生まれ、1965年2月21日、39才でニューヨークで暗殺される。父親はバプティスト派の牧師で、10~20年代のブラック・ナショナリズ ムに関与し、マルコムが6歳の時、クー・クラックス・クラン(KKK)に殺害される。

[3] フランツ・ファノン:1925年にカリブ海のフランス領植民地アンティル(西インド)諸島マルチニック島の首府、フォール・ド・フランスに生まれる。 1950年代、アルジェリアで精神科医として働き、1954年11月アルジェリア民族解放戦線(政治組織FLNと軍事組織ALN)の一斉武装蜂起後、アル ジェリア解放闘争に参加し、FLNの最も活動的なメンバーとなっていく。繰り返された暗殺の危機を逃れたが、1962年7月アルジェリア独立達成を知るこ となく白血病で死亡。享年36才。

[4] トミー・フランクス Tommy R. Franks:イラク戦争の米軍中央司令官(当時)で「我々は、死体を数えているのではない」と語った。参照:100,000 Iraqi civilians dead, says study 10万人のイラク市民が死亡、研究が述べる http://www.nodu-hiroshima.org/news40.htm

[5] ジョン・ハワード:オーストラリア首相/ホセ・マリア・アスナール:スペイン前首相/シルヴィオ・ベルルスコーニ:イタリア首相/アレクサンデル・クファ シニエフスキ:ポーランド大統領 いずれも米英主導のイラク侵略戦争を支持し参加

[6] ノーム・チョムスキー:1928年、アメリカ・フィラデルフィア生まれ。ペンシルベニア大学卒業。マサチューセッツ工科大学教授。言語学者、思想家。 1957年に発表した『文法の構造』により変形生成文法の理論を提唱、言語学会に革命をもたらした。また、ベトナム戦争へのアメリカの介入を激しく批判し て以来、今日のイラク戦争にいたるまでアメリカ政府にたいするもっとも徹底した批判者。

[7] バートランド・ラッセル:1872‐1970。イギリス生まれ。ケンブリッジ大学で数学・哲学を学ぶ。ホワイトヘッドとの画期的な共著『プリンキピア・マ テマティカ』によって数学基礎論に貢献。記号論理学を大成するとともに存在論・認識論に適用し、分析哲学の始祖として二〇世紀哲学の流れを決定づけた。平 和運動・社会運動にも挺身し、社会評論や倫理問題に関する著作も数多い。

[8] チェ・ゲバラGuevara Lynch, Ernesto Che:1928年~67年 キューバ革命の指導者。アルゼンチンのロサリオ市に生まれる。1947年ブエノスアイレス医科大に入学。54年メキシコに渡 り、翌年カストロらと出会う。56年カストロと共にグランマ号でキューバに渡り、第2部隊の指揮官としてゲリラ戦を指導、革命勝利に大きな力を与えた。 59年キューバ国立銀行総裁、61年工業相、62年キューバ統一革命組織幹部会メンバーなどを歴任し、外交活動でも重要な役割を果たす。65年キューバを 去り、67年ボリビアでゲリラ活動中虐殺される。著「ゲリラ戦」「革命戦争の旅」「ゲバラ日記」など

[9] フレデリック・ダグラス:19世紀のアフリカ系アメリカ人のリーダーで、奴隷制度廃止、人権や市民権運動に尽くした。http: //www.nps.gov/frdo/index.htm

[10]聖アウグスチヌス(354-430):キリスト教最大の神学者といわれる。アルジェリアの東部の田舎町スーク・アハラス(Souk Ahras)に生まれ、ヒッポにてキリスト教の布教活動をしつつ晩年を過ごした。多数の著作があるが、主著として『告白』『神の国』。

ブルキッチ・スーレイマン 2005年5月5 日















































































































Fair use notice of copyrighted material:
This site contains some copyrighted material that in some cases has not been specifically authorized by the copyright owner. We are making such material available in our efforts to advance the understanding of politics, human rights, the economy, democracy, and social justice issues. We believe this constitutes a 'fair use' of any such copyrighted material as provided for in section 107 of the US Copyright Law. In accordance with Title 17 U.S.C. Section 107, the material on this site is distributed without profit to those who have expressed a prior interest in receiving the included information for research and educational purposes. For more information go to: www.law.cornell.edu/uscode/17/107.shtml. If you wish to use copyrighted material from this site for purposes of your own that go beyond 'fair use', you must obtain permission from the copyright owner.